「機能不全家族で育ったんだ」と気付いたわたしがこれからすべきこととは?

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こんにちは、「なりたい自分になる」を実践、発信中のゆうにゃん(@younyanco2)です。

最近、気付いたことがあり、それはわたしは【機能不全家族】で育ったんだ、という事です。
きっかけは35歳にして自分と向き合うことにハマったこと。

自己理解を深めることで「迷わない」「悩まない」「無駄がない」シンプルな生き方が出来る‼と思い始めたからです。

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そして自己理解を深める上で外せないのが過去です。
そこで過去を振り返り、向き合う事で気付いたのです。

わたしが育った家族は【機能不全家族】というやつだと。

今日は自分自身を振り返る意味も込めて【機能不全家族】とは何かと、そこで育ったわたしが生きる道について考えていこうと思います。
お暇ならどうぞ、お付き合いくださいね\(^o^)/

機能不全家族とは?

機能不全家族とは、家族が家族としての機能を果たしていない家族のことです。

また、家庭内で弱い立場にある人(主に子供)が日常的に身体的、精神的ダメージを負う機会が存在している家族のことです。

例えば以下のような家族のことを言います。

・ネグレクト(育児放棄)をしている親

・過保護で干渉的過ぎる親

・家庭内の対立が生まれている家族

・身体的虐待のある家族

・性的虐待のある家族

我が家の場合は、家庭内の対立が生まれている家族に該当しています。

また、機能不全家族で育った人の多くは大人になっても生きづらさを感じるアダルトチルドレンである場合があります。
アダルトチルドレンについて簡単に説明しますね。

アダルトチルドレンとは、その言葉のニュアンスから「大人なのに子供のままの人」みたいに解釈されやすいのですが違うんですね。

アダルトチルドレンとは元々はアルコール依存症の親に育てられた子供、という意味で使われていたそうです。
しかし最近では機能不全家族で育った子供や感情を抑制される環境で育った人など

「大人になっても子供のころの傷を抱えて続けているひとたち」

のことを指しています。

私はアダルトチルドレン。認めることで家族から解放されよう、という話。

2018.01.04

機能不全家族は「生きづらい大人」を生みだす

一般的に健康的に機能している家庭の場合、子供は一番身近な家族を見本に学ぶことって多いですよね。
それは生きる上で必要な様々な能力です。

お箸の握り方から人を思いやることまで様々なことを家庭内で学びます。

しかし、偏った考えを持つような親がいる機能不全家族の中では健全に何かを学んでいくといったことが難しくなります。

そのような子供の頃の経験によって自己認識の歪みや対人関係を築けずに生きづらさを抱える大人は多くいます。

わたしもその一人だと感じています。

機能不全家族:我が家の場合。

ここで少し【機能不全家族】の一例として我が家のことをご紹介したいと思います。

主観的な家族構成と客観的な家族構成の違い

わたしは昔から家族構成を聞かれることが好きではありませんでした。
なぜなら「家族」の定義がわからなかったからです。

どういうことかというと、わたしと血のつながりのある家族は母、兄(知的障害のため施設暮らし)、姉です。父はいません。

わたしが生まれて2ヵ月程度でギャンブルが原因で離婚したそうなので記憶にもないし、県外にいるそうなので今後も会うことはないでしょう。

わたしが小学2年生のとき、母が再婚しました。
お相手の方とその息子2人と一緒に暮らすようになりました。

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客観的に見ると「家族」が増えたわけですが、わたしの中では「家族」とは思えずにいたのです。
そのことから家族構成にその人たちを入れていいのかわからずに、聞かれても何と答えていいかわからなくなるので家族構成について聞かれることを苦手と感じていました。

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わたしと姉は召使いなの?

母の再婚相手(以下おじちゃん)は独占欲が強く、典型的な亭主関白な人でした。

おじちゃんは、子供の私たちにまでヤキモチを焼くので母との会話やおでかけなど、再婚するまで普通にできていたすべてを制限されました。

話をしているだけで「何をコソコソ話しているんだ?コソコソ話すなら盗聴器を仕掛けるぞ」と言われていたのを覚えています。

またおじちゃんは典型的な男尊女卑の考えの人で、掃除・洗濯・洗い物・そういった家事全般は女である姉とわたしの仕事になりました。

息子二人が遊びに行っている間、姉とわたしはせっせと家事に追われていたのです。
遊び行くのは家の事が終わってから、がルールなのでそれを破ればビンタされることもありました。

当時は「お前たちは女だから家事を覚えなさい」と言われ家事全般を押し付けられることを仕方のないことだと子供ながらに解釈していました。

だけど、わたしと姉は召使いなの?とも子供ながらに思っていたのです。

家庭内対立のある機能不全家族

前述しましたが、我が家の場合は「家庭内対立のある機能不全家族」だったと実感しています。
こうしたおじちゃんのしつけのせいで私たち姉妹は息子たちを羨望の目で見るようになったのです。

自分たちばっかりいいなって。息子達も私たちを顎で使うようになったし「居候」として扱われていました。
こうして家庭内対立が生まれていきました。

母の存在

こういう話を他人にすると「お母さんは助けてくれなかったの?」とよく聞かれます。

その当時、苦しんでいるわたしたちを見て母はすぐに「我慢しなさい」と言いました。
我慢して時間が経てばここから抜け出せるんだと常に私たちに言い聞かせました。

母自身もおじちゃんに対し不満を持っていたし、お酒を飲んで夜中に喧嘩している姿をよく見ています。

何度も離婚の話にもなりました。

でもその度におじちゃんは「離婚するならお前たちを養った慰謝料を1,000万円用意しろ。お前が用意出来ないならお前の家族からむしり取ってやるからな」と、脅しで母を縛り付けていたのです。

機能不全家族でも、我慢すれば抜け出せる

母に言われていた「我慢すれば抜け出せる」精神は知らぬ間に自分の中に植えついていました。
事を荒げないように、波風立てないようにただ静かに我慢をして時間が過ぎることを祈っていました。

高校卒業したら、何をしてもいい。どこへ行ってもいい。それがルールでした。

たしかに時間が経って高校を卒業した日から私は自由になりました。
就職で逃げるように実家を離れ、それからは好きに生きています。

機能不全家族に育ち、少し生きづらい大人になったわたしたちがすべきこと

このように、わたしは機能不全家族で育ったわけですが、今思えば「バカみたいな時間だったね」の一言に尽きるんです、本当に。

客観的に見れば不器用な大人たちに振り回されただけの話なんです。
でも当時は家にいることが苦しくて抜け出せないし、何度夢だったら。。と願ったかわかりません。

今になれば、とにかくおじちゃんもお母さんもみんながアホだったと分かるんですが当時はみんなおじちゃんの言いなりになるしかなかった。

「あんな家庭に育っていなければ、もっと違う人生があった」

そう思っていたこともあります。
だけどそれは過去のことであり、今どうのこうの言っても仕方がないわけです。

それよりも、これからどう生きるのかを真剣に考えるべきだと思います。

機能不全家族に育ち、少し生きづらい大人になったわたしたちがすべきことは2つあります。

 【機能不全家族】に育ったことを受け入れる

 家族に囚われず、自分の人生を生きる

詳しくお話します\(^o^)/

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機能不全家族に育ったわたしたちがすべきこと①【機能不全家族】に育ったことを受け入れる

我が家の場合は再婚同士の家族なのでまだいいのかもしれませんが血のつながりがある家族を「機能不全家族」だと認めることは難しいのかもしれません。

「何かおかしい」と感じていてもそういうもんだと受け入れてしまっているかもしれません。

しかし、「何かおかしいな?」と思いながら苦しんだり、我慢したりして長い間過ごしてきたのなら認めてしまいましょう。
あなたの家族は「機能不全家族」です。

機能不全家族に育ったわたしたちがすべきこと②家族に囚われず、自分の人生を生きる

機能不全家族に育ったとしてもそれは過去のことです。

「あの頃は辛かった、苦しかった」と引きずらなくていいんです。

もう、あなたはあなたの人生を生きていいんです。

「家族」というものに囚われなくていいんだと思うんです。

たしかに産んでくれた、育ててくれた恩はありますよね。でもそれだけです。
そこだけ感謝して、自分の人生をいきましょう。

たった一度の人生です。自分を苦しめた家族を恨みながら生きるより、手放して生きる方がずっと身軽になりますよ。

家族だとしても、逃げていいし、捨てていいんです。

自分の人生を生きましょう。

今日のまとめ。

「機能不全家族で育ったんだ」と気付いたわたしがこれからすべきことについてお話してきました。

わたし自身のはなしになりますが、「幼少期はつらかった」と笑い話に出来るようになったのは、「家族」というものに執着しなくなったからだと感じています。

温かく、優しい家族にあこがれた時期もありますし、理想の家族像と比べて悲観することもありました。

卒業してからも友人たちは車の免許や車の購入、住宅に至るまで親に面倒見てもらっているのにわたしは自分で全部お金を払いやっていて、なんでわたしだけ…と思っていたこともあります。

だけど、隣の芝生は青いわけで、比べても仕方がないのです。

家族だからこうするべき、家族だからこうしてあげなきゃとかそういう「かぞくだから」というモノに対する固執を外すとラクになります。

とにかく言いたいことは、自分の人生を生きましょう、ってことです。

それでは、また\(^o^)/

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